プロフィール

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<簡単プロフィール>
田中元信(たなかもとのぶ)
1956年(昭和31年)9月9日生まれ 愛媛県今治生まれ
大阪芸術大学デザイン学科卒業後、広告企画制作会社にてデザイナーから
アートディレクターを経て30年間勤める
2008年webマーケティングに興味を持ち独立、現在に至る
2014年 8月 ガッテンDo にてセミナー及び制作活動中

■特技:ギターを弾くこと、タイポグラフィ、ロゴ作成、りんごの皮むき
■夢:オヤジバンドを組んで歌いたい!本を出版をしたい
■趣味:読書(マーケティング、ノウハウもの)、パソコンApple歴17年
映画鑑賞(日本映画が好き)
■好きな食べ物:麺類(ラーメン、そば、うどん、スパゲティ)

<マイブーム>
デザイン・アート全般、タイポグラフィ、ミニ盆栽、スピリチャル、セミナー講師、etc



○幼少〜学生時代について

小学生時代は漫画家に憧れ、毎日鉛筆で下書きしながら墨汁でペン入れをしてました。
手塚治虫から石ノ森章太郎からエイトマンの桑田次郎にはまり、毎日模写をしていました。
その後は「巨人の星」の川崎のぼるのキャラクターを真似て作りました。
ストーリーが苦手でしたが、絵は得意でなんでも描けると賞を貰うのも簡単だと思ってました。

体は虚弱体質だったので気管支炎などで年に一度は倒れて病弱でした。
そこで体を鍛えるために父親の紹介で警察の道場で「柔道」を習うことが出来た
2年間で中学生を投げ飛ばすくらいの強い柔道少年になり体力に自信がつきました。
当時の「巨人の星」の星飛雄馬に自分を重ねて「鍛えること」にハマったようです(笑)

メジャーな漫画より自分の内面を描く「永島慎二」のマンガも好きでした、
全巻揃えていたこともあった、今では手放した本も何冊かあります。
かと言って「ガロ」よりは「COM」が好きでしたのでメジャー思考でした。

中学時代はとにかく「深夜放送」にハマった!
当時はラジオがTVの情報よりもヒット曲などいち早く知ることができました。
大阪民放の「ABCヤングリクエスト」のヒットチャートを毎日予想することに没頭。
新曲が出るとその曲はヒットするか?毎回予想して自分の感を信じて磨いていた。
だから当時のヒット曲は毎日聴いていました。

子どもの頃から仕事をすることが生き甲斐でした。
漫画家になるには、いろんな経験がないと描けないと思っていましたから。
一番はじめのアルバイトでは当時では珍しい「青汁」を配っていました。
その後、木材運びやら、駐車場の案内、郵便局での年賀状配達アルバイト料で毎日アコースティックギターを弾きながら歌っていました。
作詞にも挑戦しましたが、才能がないと諦めた。(^_^;)

高校時代は「写真部」の先輩に憧れて友人に誘われて、一眼レフを中古を親父に頼んで購入してもらった、写真はシャッターを押して現像するだけで作品が完成することに感動しました。被写体を探し、構図を決めてシャッターを押すだけで良いんだと、これまでの絵を描くことの面倒臭さより簡単だと、ここでも安易なことに反応してしまいました。と美術部の部長をしながらも、音楽にも目覚めた深夜放送にもハマってDJ
当時、吉田拓郎やら泉谷しげるを知りシンガーソングライターにも憧れたが、才能はないと趣味とすることにしました。大学は大阪芸術大学デザイン科に進学、イラストレーターでは食べれるとは思わなかったのでデザイナーを目指すことになる。美術教員も目指すが

○社会人(会社員)時代

1979年大阪芸術大学卒業後、株式会社アドベンに入社、(関西で唯一西武百貨店の広告企画会社)当時西武百貨店の広告がブームで実際に作りたかったので、大阪の制作プロダクションに就職した、当初、高槻の西武百貨店とPARCO(心斎橋)西武不動産などの新聞広告、車内吊りから折込チラシまで担当をしていました。
広告デザインの基礎を身につけるが、他の一流企業の広告を作りたくて
1985年株式会社MAQ(マック)広告企画制作会社に入社、大手の広告代理店の電通、博報堂、大広や直クライアントと取り組み長年アートディレクターを務める。
そんな時広告業界にもパソコンを導入1999年インターネットが普及し始める、私の人生が変わりました。誰でも発表できる媒体であることに興味を持ち。発信したものが即反応することに感動、HPを作成、メルマガを配信、ネットで稼げることも知る。
広告デザインノウハウを活かしチラシのつくり方や広告の打ち方などを教えるが小遣い程度の稼ぎだったので、本格的に取り組みたいと2008年に約27年間の会社を退職する。
その後、ハローワークを通じて、WEBの専門学校にて基本習得後、アフィリエイト、情報商材などやってみるが、腹に落ちない、コレまで得意分野のグラフィックデザインで活かせるものはないか模索したところ、「知り合いの起業家から、名刺デザインをして欲しいと頼まれ、いろいろ作成していたところ、後藤光正さんの「自分名刺」宣言書であり、名刺はラブレター?であると名刺の奥深さに、共感する。「たかが名刺、されど名刺である」ことにショックと感動をしました。また「西宮起業塾」でもたくさんのノウハウ学ぶ。そこで知り合った仲間にも助けられて、起業向けのマーケティングやコーチング、またスピリチャルな世界も融合させた「カイタク名刺」を完成させ。現在、普及活動に至る。

○阪神・淡路大震災を体験

1995年(平成7年)西宮に住んでいたので、被災しました。周りは地面は割れ凸凹状態、当時住んでいたマンションは6階だったので、かなり激しい揺れで、部屋にあるものはすべて倒れました、ジェットコースターのようでした、タンスが倒れるのを抑えながらも、このマンションが倒れるのではないかと、死を感じました、日本が沈没することを想像していました。幸いにも倒れることはなく全壊ではなく、一部損壊で家族も無事でした水道や電気いやゆるライフラインがなくなり、洗濯やお風呂は銭湯通いで不便を感じましたが、これまでにないコミュニケーションが生まれていることに気づきました。周りの暖かい人とのふれあいを感じたことと人間は一からやり直せるパワーがあると確信できました。貴重な体験が出来たと思います。

○今後の目標

「カイタク名刺」を作成して「人生が変わった!、別の世界が広がった!なりたい自分に近づいていった、やりたかったことが実現したと言ってくれる人を増やすことです。
この世に同じ人間なんて存在しません。1億人いれば一億人のキャッチフレーズがあってもおかしくないですよね。いろんな個性がぶつかりあい共有していく社会になりました。
ネット世界や情報社会では一人一人がシェアしてゆくソーシャルディア時代です。
常に自分を磨きながら、豊かな人生を過ごせればと思います。

現在は西宮を拠点に「カイタク名刺セラピー」を開催していますが、今後は大阪、京都、神戸と関西を中心に広げていきたいと思います。
そこで知り合った受講生たちが「カイタク名刺」を作成していただき、
各個人それぞれの思いが募った作品の展示会を開きたいです。さらには、1冊の本にまとめることが目標です。そして、全国から「カイタク名刺セラピー」に興味を持っていだき、楽しんでもらえるようになりたいと思います。

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